早朝の黎明の名残りや、黄昏どきの茜の風が、
何だかひりひりとツンツンと、つれなくなって来て。
ススキの葉っぱがいっぱいある丘で、風が遊んでる音が、
風に草むらが掻き回されてる音が、
とってもとっても寒い声に聞こえて来て。
――― もうすぐ陽が落ちるよ。早くお家に帰んなさい。
誰が言うともなく、和子らは散り散り、どこぞへか駆けてゆくそんな中。
何へと見とれてか、小さな背中が独りきり、
じぃっと佇んでいる様を見かけると、
時として、暖かく見えたり、
そうかと思や、切なく見えたりするのが、
自分でもどうしてだろかと不思議だった。
◇
とと様、この頃は くうもいっちょに おやかま様のところに行こって、
抱っこして連れてってくれるよになって。
『祠の辺りはそろそろ本格的に冷え込むだろから、
お前はともかく、くうだけでも、終日こっちに預かっとこうか?』
とと様とおやかま様とで、そんなお話ししてたりする。
おあかま…おやかま様のお部屋には、
真ん中の床に“すびつ”ってゆう穴がこないだから開いてて。
そこには熱ち熱ちの炭ってゆうのが入るから、
よしか? 絶対に、手とか足とか顔とか尻とか、
体を突っ込んだりしてはなるまいぞって。
やけどってゆう、とっても こあいお怪我をすゆから、
絶対に触るのはなしだぞって、おでこ・こつんこして絶対絶対ってお約束したの。
そいでも、あのね?
黒くて赤いの入れたら、ほやや〜って温ったかくなって。
触ったらメッだよって、セ〜ナにもゆわれたけど、
どしてヌクヌクになるのかは、教えてくりなかったの。
火ってゆーのは温ったかいものなんだって。
でも、近すぎすると、熱ち熱ちなんだって。
「せな、くう、おやつだ。」
くうちゃんが来てから、お館様はボクを“ちび”ではなく“せな”と名前で呼ぶようになった。
『お前よりも小さいのがおるのに それではややこしいからの。』
そんな風に仰有られてのことで。あと、くうちゃんまでもが、意味も判らずボクを“ちび”と呼びかねなかったからでもあって。
『…妙なところで律義というのか、筋を通したがる奴だよな』
もっと肝心なところでこそ、そういう感覚を働かせよってんだよななんて、余計なことを言った葉柱さんが、容赦なく踏まれていたのは…まあ、ご想像にお任せするとして。(笑) 前からの“ちび”っていうのも、別に悪意を込めてそうと呼んでらした訳ではなかったし。むしろ愛称みたいだったので、特に何かしら思うこともなかった。そうじゃなくなったのの方こそ、あまりに急なことだったので。最初のうちは“何か正式なお使いとかでお呼びなのかな”って、そんな風に思い込んじゃって、勝手にドキッてしてたほど。
「さあさ、熱いからお気をつけ下さいませね?」
炭櫃を挟んでの師弟差し向かいに着席する…という、お作法というほどのものでもないが、一応最低限の“上下”というもの、何とか覚えたくうちゃんが、小さなお膝を揃えて下座にちょこりと正座している様子は、賄いのおばさんの眸にもそりゃあ愛らしく映るようで。くすくすといかにも微笑ましいものを見るようなお顔になりながら、庫裏から運んで来た脚つきのお膳をそれぞれの前へと据えて下さって。
“あ、今日はお饅頭だvv”
今日は風がちょっぴり寒かったから嬉しいな。よほどに甘いとか、あまりにも不味いということでもない限り、食べるものにはあまり頓着のないお館様だけれど、そんなことにはそれこそお構いなしに、賄いのおばさま、いつもいつも腕を振るって下さっており。小さなセナが同居することとなったらその途端、待ってましたとばかり、甘いものをも たんと作るようになられたそうで。
『何せ此処では材料にも不自由はないし、珍しいお土産、お館様がいつも持って帰って下さるし。』
お陰様でいろんな料理を覚えられましたよと笑っておいでで。そんな風に言われたご本人は、自分は甘いものは食べないからと持って帰ったまでのこと…なんて仰せだが、それこそ“はいはい、そうだったですか”とさらり流してしまえる、何とも肝っ玉の座ってるお母様。美味しいと言ってくれるのは嬉しいことだからと、甘いものやおやつをよく食べるセナのこと、大歓迎して下さって。今度はまたまた、くうちゃんなんていう、もっと小さくて食べ盛りさんが加わったから、
『こ〜れは腕の振るい甲斐が増えたねぇvv』
なんて仰有っててvv
“…あ、でも。”
くうちゃんのおやつって…今まではアジとかカワハギのひらきとかゴマメだったのに。ボクのもそれに合わせてか、カリントウとか揚げ菓子とかが多かったのに。お饅頭って…くうちゃんも食べられるのかなぁ?
「熱つ…っ。」
ほかほかの皮は、小麦粉に山の芋を混ぜて練ったもの。そこへと、小豆や白いんげん、栗にイモにカボチャなどなどを、砂糖と合わせて甘く煮詰めて作った餡をくるみ、蒸して作るのが“お饅頭”。ウチのお話では、先にもお茶の風味の饅頭を出していたくらいでございまして。珍しいものが、一般より先んじて登場することも多かりしなお屋敷。セナもとうに知っていた甘味ではあったれど、
“確か、くうちゃんって…。”
キツネの邪妖で肉食だから、野菜は食べられないんじゃなかったっけ? なのに…大丈夫なんだろかと、ちょっぴり不安になってそぉっと様子を見ていると、
「??? 熱ちゅい〜〜〜。」
それが何なのかが、まずは判らないらしく。膳の真ん中、お皿に鎭座している白い塊り、ちょんちょんと指でつついては、熱いからと おっかなびっくり、小さな手を引っ込めていたけれど。
「……………あ。」
何にか気づいてお顔を上げて。正面にいらしたお館様と視線が合って…意を通じた者同士という眼差しを向け合うと、うふふぅと笑い合う。
「???」
今度はセナに意味が通じず、どうしたんだろと見ていれば。ほかほかのお饅頭、小さなお手々で何とか持ち上げたくうちゃん。端の方からちょっぴり齧り、やっぱり熱ち熱ちとお口を引っ込めたので。ほらこうだよって、ふうふうと口元を尖らせて、吹いて冷ます真似をして教えてあげる。
「ふーふー?」
うんうんって頷いてやると、拙いながら自分でもやってみて。くうちゃんがそうした途端に、
「………あ。」
やっとのことでセナにも事情が通じたのは、吹きかける息のせいで、いい匂いがこちらへもこぼれて来たから。
「そか、つくねですね?」
「ああ。それなら くうでも食えるだろからな。」
山鳥のそぼろを少し甘辛に煮たの。それを餡にしてあるお饅頭なら、小豆やカボチャは食べられないくうちゃんでも大丈夫。
「おーしーvv」
やっとのこと、齧ることの出来る温度になったか、かぷっと食いついて…眸をくしゃりと細め、ご満悦なお顔になるのがまた可愛いvv 温かいものが嬉しい季節だからと、お館様が気を回してくださったらしく、
「側がわ生地の小麦はまあ、くうには消化は出来ねぇかもだが、毒を食う訳じゃあねぇからの。」
腸が弱ってる年寄りじゃあんめぇし、そのまま出て来るだろから問題はなかろうという何とも大胆なお言いようへ、
「もの喰ってる時に、よくもまあそういう会話すんのな、お前。」
呆れたようなお声が差し挟まって。御簾をからげて上がって来られたは、咎めるようなお顔になってた、蜥蜴の邪妖の総帥様。お仲間たちはそろそろ冬眠前の食いだめやら寝床探しやらに忙しいらしく、仲間同士での衝突のないよう、はたまた他の獣の滋養にならぬよう、様々な情報を申し送りするという仕事が増える時期でもあるそうで。陽があって暖かいうちにという会合を終えての、総帥様のご登場に、
「とと様vv」
早速にもぱぁっと嬉しそうなお顔になったくうちゃんだったが、そのお顔を見て、おいおいと苦笑した葉柱だったのも無理はなく。
「あ〜あ〜。油と汁でべったべたにして。」
真っ直ぐに傍らへと寄り、小さな坊やを抱き上げながら座り込む手際も慣れたもの。自分のお膝へ落ち着かせた坊の、口の周りや手を手ぬぐいでぐいぐいと拭ってあげれば。力任せな構われ方へ、口や目をつむって むいむいと我慢をしてから、
「あいvv」
お膝に抱えられたまんまで“とと様、どーじょ”と、饅頭を三分の一ほどをむしって進呈して下さる豪気な坊や。それを半分ほどぱくりと齧って差し上げれば、きゃっきゃと喜ぶ くうちゃんなのが、見ていて何とも微笑ましくって。
「葉柱さんて子煩悩だったんですね。」
「似合わねぇがな。」
こちらさんは相変わらずに…くうを取られたのがか、それとも まずは坊やのご機嫌をと手が伸びた誰かさんだったのがか、何だか少々面白くなかったらしいお師匠様。切れ長の目許をちょっぴり眇めてしまわれつつ、白磁の湯飲みという、この時代には珍しいにも程がある器を、それに負けないほど白い手に包み込むようにして、温かそうな飲み物を啜っていらっさる。それを見やって、やっとのこと、総帥様が告げた一言が、
「…お前、それはどういう厭味だ、当てつけなんだ。」
「ほほぉ、よく気がついたな鈍感野郎。」
あ、この匂いってもしかして、と。セナもまた気づいた独特のいい香り。だがだが、葉柱には…あんまりいい思い出ではない騒動を思い起こさせる匂いでもあって。
「たかが匂いで気が萎えるとはの。お前様がそうまで繊細だとは思わなんだぞ?」
それともお前には毒草なのかもな、なんて。全部を判っていながら…わざとに。それでなくともとっても苦いお茶なんてのを、平気なお顔で飲んでらっしゃるお館様で。
「寝る前には飲むなよ。」
「さあ、どうしようかの。」
「やっぱ厭味か。」
「命令されんのは好かんしの。」
「頼むから、お願いしますから。」
「???」
いくら苦手な匂いでも、何でそんなことをそこまで…床に手をついてまでして、葉柱ほどもの立派な大人の男の人が、わざわざ“お願い”するのかが、セナには一向に判らなくって。
『茶葉には眠気を払拭する成分があると聞いたことがある。』
後日に進さんにそうと教わり、ああそっか、寝付きが悪くなるからか〜。先に寝るななんてお話とかせがまれるのって大変でしょうしねぇなんて、やっと納得したセナくんだったのだけれども。(苦笑)ウチのお館様がこんな風に、突っ慳貪に振る舞ってみたり、ちょっとばかり心ない意地悪を言ったりするのは、何も葉柱さんにだけと限ったことじゃあなし。我儘で利かん気で、負けん気が強くて。怒りん坊で、気が短くて。人に好かれたいとか嫌われたくないとか、気になさる素振りも一切なく。噂や評価を案じて、誰かへ媚びたり おもねるようなことは絶対になさらない。金髪金眸、そのお姿の特異ささえも武器にして、常に自信にあふれたお強い方であらせられてこそのお師匠様で。
――― でもね? あのね?
どうしてだろか。葉柱さんへの意地悪は、甘えてのそれに見えてしようがない。こうまで高飛車に言っても、葉柱さんは、怒ったように言い返しつつも…立ち上がって背中を向けたりはしない。賄いのおばさまが“はいはいそうですか”っていなすのとも違うし、思うことが即妙に上手く言えなくて、それでむずがることもあるボクに、落ち着くまで進さんがいつまでもじっと待ってて下さるのとも違って。小さい子の駄々が相手なんじゃあないって感覚でおいでか、とはいえ“式神”としての相関関係があるからかというと、そうでもなく。喧々囂々、そのまま袂を分かつほどもの、完全決別になられてしまうのではなかろうかと、傍で案じてしまうほどもの、本腰入れての大喧嘩をなさりもし。
“そうだったよなぁ。”
最初の頃は、この、お二方の喧嘩ってのがそりゃあ怖くて。殺伐とした空気になりゃしないかって、セナくん、心配だってしたのにね。あーだこーだ、言いたいだけ言い合って。息を吐き出し過ぎた後みたいに、言い合うだけの気合いみたいなものが何とかなく落ち着かれると…静かになられて。それからそれから、
『………。』
何と時にはお館様の方から、散漫になってる空気をそろそろと掻き分けるようににじり寄り、葉柱さんの大きな肩へおでこを乗っけて。何か言えよ…なんて言ってでもいるものか、相手をゆさゆさ揺さぶってみたりなさったり。きっと少しはバツが悪くて、鷹揚に命じたりなんて出来ないからって思っての、無言の“にじり寄り”なんだろけれど。
――― 判ってらっしゃるのだろうか。
そんな仕草って、セナやくうちゃんみたいな小さい子供のする甘え方にそっくりだってこと。だからこそ、あれほどかんかんに怒ってらした葉柱さんが、しょうがないなぁって苦笑混じり、折れて下さってもいるんだってこと。
“…ほら。今だって。”
くうちゃんをお膝にあやしつつ、そろりと伺う視線を寄越す葉柱さんなの。判っていながら…視線を合わせず。知らん顔する、ちょっと意地悪なお館様だけれども。湯飲みと手の陰では、こっそりと。それはそれは綺麗な笑みを浮かべてらして。ごめんなさいとか嬉しいですとか、セナにしてみりゃ簡単なことが、素直に言えない素直に出せないお館様で。そんな思わぬ不器用さで、偉そうなところとの採算が取れているものなのか、だとしたなら………。
“あ、あ、どしよ。////////”
お館様って可愛いなんて、とんでもないこと思っちゃったと。お口を押さえて真っ赤になったセナくんであり、
「? どした? セナ。」
「あ、ああああ、あのあの、いえ、あの…。////////」
まだ早い茜の色にお顔を染めて。蓮の実の入った甘いお饅頭、ぱくりと頬張った書生くんだったそうでございます。
◇
黄昏どきの茜の風が、
何だかひりひりとツンツンと、つれなくなって…秋が来て。
ススキの葉っぱがいっぱいある丘、
風に草むらが掻き回されて、とっても寒々と聞こえる頃合い。
誰が言うともなく、和子らは散り散り、どこぞへか駆けてゆく。
そんな中、何へと見とれてか、
小さな背中が独りきり、じぃっと佇んでいる様を見かけると、
時として、暖かく見えたり、
そうかと思や、切なく見えたりするのが、
自分でもどうしてだろかと不思議だった。
昔の自分をそこに見るから切なくて、
けれど…その子にはちゃんと帰る家があるから、
待ってる人がいるから大丈夫だって、
そうと思うことで安堵する。
誰だっていつもいつまでも独りではいられない。
そうと気づいてしまったから。
手放せぬ温もり、覚えてしまったから。
それへの固執が人を強くも弱くもするってこと、
しみじみ痛感している、秋の夕暮れ………。
〜Fine〜 06.10.30.
*あああ、取り留め無さすぎ〜〜〜。
くうちゃんが肉まんを美味しそうに頬張ってるとこを
書いてみたかっただけという、
他の登場人物にはいい迷惑だったかもな、覗き見作品でございました。
肉まんにシチューにグラタンに、ホットメニューが恋しい季節ですねぇ…。
《作中注釈》
このタイプのお饅頭が日本で広まるのは、実を言うと…もっと後の南北朝にまで時代が降りてから。1349年、中国で修行をしていた禅宗のお坊さんと一緒に日本へ渡来した林浄因というお坊様が、住まいとした奈良で、中国にあった饅頭をアレンジし、煮た野菜などを皮に包んで蒸したのを広めたが最初なんだそうで。禅宗といえばのあの栄西さんが広めたお茶と共に、民間へまで降りてって瞬く間に広まったそうな。その林浄因さんが馴染んでいた、本場・中国の饅頭の発祥は、もっと古くて三世紀まで逆上る三国志の昔。なんとあの、諸葛孔明さんが関わっているという伝説まであるそうで。何でも、進軍の途中か蜀へと戻る途中だったか、川の神様の怒りを鎮めるためにと、生け贄の首を撥ねて川へ投げ入れるという恐ろしい風習がある土地を通った彼が、そんな野蛮なことは辞めなさいと制し、その代わりにと人の頭に見立てた、肉詰め饅頭を作らせて投じさせ、ものの見事に川の氾濫を鎮めた…という説があるんだとか。………どこまでホントなんだろう。(こらこら)
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